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制作記

「杉本博司を知ったつもりでいませんでしたか?」 岸本 康

 美術ドキュメンタリーの制作で思うのは、普段作品からは見えない視点で作家を紹介出来れば、さらに作品に対する見方や考え方がかわるのではないかということだ。杉本博司という人を記録対象に選んだ最初のきっかけは、2005年の出来事だ。束芋の個展がニューヨークのジェームス・コーハン・ギャラリーであった。その時展示した束芋の「にっぽんの湯屋」という作品はインスタレーションで展示室に入る所に銭湯の引き戸が設置される。日本から大工さんが作った引き戸が送られて来ていたが、図面に手をかける凹みが記入されていなかったために、それを現地で作らなければならなかった。

 杉本スタジオはジェームス・コーハンと同じ26丁目で、散歩ついでに杉本さんが遊びに来られて、ノミがあるので後で持ってくると言われていた。数時間後杉本さんは宮大工が使う長い持ち手のノミを数本持って現れた。
 お貸しいただければ私がやりますと申し出たが、杉本さんはにこにこしながら工具袋からノミと槌を取り出すと作業を始めてしまった。自分でやりたかったのだ。その姿には工作に対する自信と、美しく仕上げないと気が済まないという職人気質があって、作家杉本博司の本質を見た様な気がした。結局、私はノミを借りる事なくその作業を見ているだけだったので動画記録した。束芋のDVD「imo-la」の展覧会紹介に少しだけそのシーンを加えている。おそらく杉本さんを初めて撮影したのはこの日だった。

 それから3年目の2008年にモントリオールの映画祭で観た杉本博司の初めてのドキュメンタリーとも言えるマリア・アンナ・タピエナ監督のHIROSHI SUGIMOTO : VISIONS IN MY MINDを縁あって日本語字幕を付けて日本で発売することになった。作品や作家活動の基本的な部分はこの作品に納められているが、私としてはもう少し踏み込んだ杉本博司の歴史や作家としての面白さ等を記録できればと思っていた。

 また作品に向き合う姿とはまったく違った、2次会で料理人の格好でだし巻きを作る姿や、3次会のカラオケでの司会や熱唱もチラリと収めている。
この展覧会「歴史の歴史」は2009年に大阪の国立国際美術館にも巡回したが展示方法を展示室に合わせて変化させているところを本編では主に採用している。この年は他に大原美術館の有隣荘やベネチアなどでも展覧会があったが、ベネチアのファッションのシリーズに関しては本編のテーマと結びつけるのが難しかったのでアーカイブにインタビューシーンを別途収録した。インタビューの最後には杉本氏自ら演出のワンカットが入っている。

 2009年にオープンしたイズ・フォト・ミュージアムではオープニングが杉本展だったが、その美術館の内装デザインも杉本によるもの。エントランス正面の箱庭や展示室の窓から見える石積みの施された庭も杉本が監修し作業にも立ち合っている。何日も通って石積みをひとつひとつ指示しながら構築する様子などを収録。
2010年の夏は瀬戸内国際芸術祭の展示をアーカイブに収録。休校中の小学校にある物を使ってのインスタレーションと自ら書いたテロップ。2010年の秋から1年間を通じて4章に分けて行われた丸亀猪熊弦一郎現代美術館の展示も本編の中でも紹介している。特に最後の方に登場する和ろうそくで8x10のフィルムを投影するインスタレーションはなかなか美術館では展示再現出来ないものだと思う。(通常美術館の展示室は火気厳禁である)

 2012年は原美術館の「ハダカから被服」へと題された展覧会では、キャプションに自ら執筆して作品解説的洒落文を配置、それを和製本した洒落本もカタログとして販売された。しかし本人曰くこの展覧会で一番力を入れたのは造園で、美術館展示室から見える庭に空調機の室外機が見えるのでそれを隠す垣根「わるあがき」を竹ぼうきを利用したデザインで制作。またそれに合わせて灯籠の配置を替えたり原美術館のサンルームから見える景色が少し変った。

 本編の中でも自分の作品と自分の買ったものを一緒に展示する事が多くなったと語っているが、実は気に入って拾った物も一緒に並べたりしていてる。年末のクリスティーズのオフィースのリニューアルのデザインを手がけて、ギャラリースペースで杉本展が開催された。「不用品高価買入れ」の古びた看板はオークション会社へのオマージュ的インスタレーション。

 実はこの年に大きな出来事があった。杉本作品の中心的シリーズのジオラマを37年ぶりにアメリカ自然史博物館で撮影するという連絡を頂いた。最初は春頃にという話だったが、本編でも語られている様に許可申請が進まず結局9月の撮影になった。そしてこの撮影で撮られたのは原生の風景。今再び撮りたくなった理由というのが、このドキュメンタリーのテーマになった。そしてこだわりの8x10で撮影シーンだけでなく、現像、プリントに至る一連の工程を動画記録で初めて収録。
やっと写真家らしいシーンも撮れたので、2013年を使ってようやくまとめる事が出来た。

 とても興味深かった雑誌ブルータスの「杉本博司を知っていますか?」が発売されてから5年余り。今回のドキュメンタリーは「杉本博司を知ったつもりでいませんでしたか?」という内容になったのではないかと思う。