9時に到着したが、一番上の駐車場はほぼ満車。ラッキーにも割と上の方に駐車できた。午前中はほとんどリフト待ちなし。午後は2時半くらいがピークだったが、それでも4,5分の待時間だった。例によってひたすら滑り込んだので、今は船酔いしたような左右に揺れた感覚になってしまっているが、そのくらいコンディションは良かった。今日は黒のフェイスマスクで目しか見えてない。これで見かけは30代?本人の気分は20代。ゲレンデマジックというのは恐ろしい。2010年10月5日 Director's Chair
暑かった夏も終わってようやく秋。
8月に入っても束芋のドキュメンタリー「芋蟲」を仕上げるため結局夏休みなしで過ごしてしまった。本来であれば国立国際の大阪展に間に合わせるはずが、結局まったく遅れて、会場で販売してもらったのも最後の3日間だけになってしまった。
今年は束芋展と森村展の国内巡回があってそれに伴う作品制作もあるので、自作をそれと平行してやって行くのはなかなか難しい。ドキュメンタリーの制作は私自身も展示会場で設営の仕事をしているために当事者あり、その内容を客観的に記録するのはなかなか困難だ。横浜美術館の束芋展ではカメラを青木兼治くんにお願いして設営の日程の半分以上を美術館で過ごしてもらった。そのために今回あの展示の立込みなどのメイキングが多めに収録出来ている。作家の資料としてもメイキングは重要で今後の展示の指針にもなり、特に海外出展示する時にその工程を伝えるためには映像は欠かせない。
さてドキュメンタリーとしての出来はどうだろうか。内部に居ないと分らない事や撮れないことも多いのだが、その反面慣れによって見過ごしてしまうことも少なくない。作家の作品制作の中へ片足が入っているので、それを独自の視点とするしかないのだが・・。
また8月は杉本文楽で使う映像の撮影が大阪の国立文楽劇場であった。杉本文楽とは「来年の3月に神奈川芸術劇場で杉本博司が、日本の伝統芸能のひとつである人形浄瑠璃文楽の中から近松門左衛門の代表作『曾根崎心中』を選び、構成、演出、舞台美術映像を手掛ける」というもので、大きな箱で小さな人形をどう見せるかが大きな鍵になっている。私はその映像制作の担当。こちらが公式レポート。
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写真は、撮影後のプレスインタビューの一コマ。(杉本さんのギャグに苦笑されているように見える桐竹勘十郎さん。)
9月に入って金沢のフィッシュリ&ヴァイスの映像展示のサポート。多種多様の作品が展示されているが60年代に作られた「事の次第」のメイキング映像がいい。その「事の成り立ち」と題された映像では、大人が真剣にタイヤを何度も転がしては微調整するのだが完全に楽しんでやっているところがいい。あれから40年、彼らはまだまだ楽しんで作品を作っている様に感じた。
また8月末にサーバーを新しくした。OSXserverを最新のversionの10.6にした。10.5からは移行ツールで更新したが10.4からの移行で手間取ったことを考えると拍子抜けするくらいすんなり出来た。マシンも新しくなってファイルサーバーやiCalサーバーが軽くなった。このページも軽くなったのではないだろうか。このブログページもOSXserverの付録をそのまま使っている。AppleはiPhoneに忙しくてなかなか業務用途の映像制作ソフトを最近バージョンアップしてくれないのだが、iPhoneコンテンツの増殖には驚く。美術界でもMoMA の有料カタログや、無料で展覧会の音声案内を始めている。Podcastでは作家インタビューのコンテンツ。それらは無料でも以外と質が高く、ビジュアルコミュニケーションとしてこれから美術館が行なうべき仕事の一つになりそうな勢いだ。
8月から来年のベネチアの日本館の展示に向けての機材関係の試作も始めた。現在の束芋の計画では日本館の高床式の縁の下(ピロティーと呼ばれる部分)でもプロジェクターで投影するため屋外対策が必要だ。ひとつは夏の虫、もうひとつは盗難対策だ。虫対策は金網やガラスを使って何とかなるが、盗難の防止はなかなか難しい。いろいろと調べると日本では盗難対策のビスや金具が数多く作られていて、どの会社の製品もオリジナリティーがある。それらはあまり大きな会社ではなく、社長さん自ら考えて作り出しているような、かつて日本にたくさんあった頼もしい製造業だ。
屋外にプロジェクターを設置するとなるとデリケートな機材だけに手荒なことをされると盗難に至らなくても壊れてしまうかも知れない。これは盗んでも仕方ないと思わせる方法も考えないといけない。良い知恵をお持ちの方は是非ご教授いただきたい。こういう思案を撮りに来てくれる取材が本来のドキュメンタリーなのだと思うが、分っていても自分でも撮れない。
今月は森村展が広島現代美術館に。23日のオープニング前にはスクリーンをバックにピアノ演奏のパフォーマンスを予定。


今回は久々にモントリオールだけの滞在で映画祭The 27th International Festival of Films on Artを過ごす。今年も来るかどうか迷っていたが、アスリートが国際試合に出かけて得るものが大きいように、海外の観客を前に自作を見たり、他の作品や参加している監督たちから得るものが大きい。言わば勉強のために2週間を費やし、強化合宿のようなものだが、現在の私の制作にこの映画祭で得たものが自覚しないところでも大きく影響して来たと思う。
今年は賞の対象になっているコンペ部門と公式上映のパノラマではあまりその差を感じることができなかったが、審査員賞をもらったBORIS RYZHYは多様な映像言語とその描写力によって、ロシアで自殺した若い詩人について描く。彼の故郷を訪れてインタビューを繰り返すことによってロシアにおける若者の自殺ということを起点に現代の問題点を掘り下げている。これだけ暗く重いテーマについて、見る者を深く消沈させるほどの映像で語る。相変らず凄いサブジェクトとやっているこの監督のアリオナ自身にも興味をもった人も多いのではないかと思う。
対照的に明るくほほ笑ましい作品にも良いものを見つけた。ニューヨークのアートシーンでは既に有名になったコレクター夫妻を描いたHERB AND DOROTHY。監督は日本人。作品はアメリカからの出品とされている。ジャッドやチャック・クローズの作品を駆け出しのころから購入し、彼らのアパートに貯まった目利きの作品群を高齢になったために、最後はナショナル・ギャラリーに寄贈するという何ともいい話。ニューヨークのアート界では誰もが知る彼らについて、クリスト夫妻は「私たちは忙しくてなかなか展覧会を見て回れないけれど、彼らと一度食事をするとニューヨークの一年間の出来事が一晩で理解できる」と語る。それほど熱心に見て回る彼らは決して上流階級のコレクターではなく、アメリカの普通の庶民。アパートに納まる作品は彼らの居住スペースに溢れる。この映像では彼らの行動やこれまでのコレクションを振り返り、彼らと親しいアーティストのインタビューなどで詳細に語られている。私の中ではこの作品が大賞でも良かったのだが・・・。
その他に興味を持ったのは、ドバイのアート事情を追ったCULTIVATING THE DESERT、サムフランシスの生涯を描いたTHE PAINTER SAM FRANCIS、カルダーのドキュメンタリーCALDER, SCULPTEUR DE L'AIRは今までに見た昔の映像の引用が多くそれほど新しさを感じなかったがやはりカルダーは良かった。BBCのRICHARD SERRA: MAN OF STEELは、セラ自身の話などは面白いがBBCの脚色で出てくるいつものおじさんがちょっとつまらない。お宅探訪ではあるまいし。もうちょっと大人の演出が出来ないものか。WDRは相変らず飛んだ作品も出していて、そのタイトルもHITLER'S HIT PARADE。プロパガンダが映画によって如何に行われたかを当時の映像を淡々と繋いで見せる。解説などは一切無く、見るもののリテラシーを揺さぶる構成はさすが。日本ではこういう映像をテレビで流せる日は来ないだろうと確信する。
今回の映画祭のポスターにもになっていたジョルジュ・ルースのアメリカでのプロジェクトをドキュメントしたBENDING SPACE: GEORGES ROUSSE AND THE DURHAM PROJECTは、実行委員会が作った感じのものだが、映像はなかなか凝った作りになっていた。ルースは相変らず黒いポロシャツと黒いジーパンでボランティアとコミニュケーションをとりながらの制作。モントリオールでも展覧会があったので知名度が高く、今回は上映と共にプロジェクトの報告会のようなものも開かれていた。
その他にも書ききれないが、今回は39本見た。この質と量はやっぱりここでしかない。8回目のモントリオールは時期が10日後になったこともあって、本当に暖かだった。MORIMURA C-0の上映もCINDY SHERMANと同じ枠の上映だったためか150人くらい入る現代美術館のホールほぼ満席。夜9時からという上映でも大勢集まるのは、嬉しいを通り越して、羨ましい。
出発前に風邪を引いてそれを引きづりながら来て、しかもラゲージのミスハンドルで2日も荷物が届かなかったところから始まった滞在は、12年前に初めてこの映画祭に参加したときにボランティアをされていて、それ以来御世話になっているKさんや、常連さんたちのおかげて徐々に充実したものになった。来年は3月18日から開催らしい。
2009年2月10日 Director's Chair
ストックホルム近代美術館、Moderna Mussetのロゴはラウシェンバーグの手書きの文字がそのまロゴとして使われている。それは作家に対する敬意の現れだと思う。
昨年11月頃から毎日ように続くメールの打合せにまったく懲りずに問題点、疑問点を次々に返してきてくれたストックホルム近代美術館の技術課のオフィースは運河に停泊する舟などが見渡せる景色が広がる窓を持つ。(写真)
この美術館はヨーロッパを代表すると言っても良いくらい洗練された運営をしていると思う。その一つがこの技術部門だ。ヨーロッパの大きな美術館では当たり前の話しなのかも知れないが、常任で映像、音響、照明、内装など12名のテクニシャンがいる。
確かな技術をもって冷静に美しく仕事をする彼らは百戦錬磨を感じさす余裕さえある。インスタレーションに関しては、作家も最善を尽くしているのだが、またそれに応えるべく作家の予想以上の準備と設置を美術館としてそれに応えた時、いままでにない展示が完成することを彼らはよく知っている。
ヨーロッパでもトップクラスだと思える常設展ではカルダーの電気仕掛けの大きなオブジェが動いていた。楽器のような音が出る大掛かりな装置だが、しっかりとメンテナンスされて普通に動いていた事には驚かされた。
もう現代の美術館には技術部門は必用不可欠な時代になっているが、日本でそういう人材を確保している美術館ほとんどなく、勿論そういう部署が日本の美術館にあることは無い。技術関係の人材のいる美術館でも1名程度の担当者がいるという貧弱な状況であることはあまり知られていない。いかに有能なキュレーターがいても、それを実際の展示に生かすには、実際に現場で作業をする人材が如何に重要であるかは、数値などでは計り知れない部分だ。美術館外の業者に頼らざる得ない現状では入札制度などのために毎回違った人との仕事になって、なかなか専門的な人材も育たない。美術と技術、そして美術館を理解してそれを発揮できる人材の育成が急務だと思う。
また今回束芋のインスタレーション作品がこの美術館のコレクションに加わったが、そのために作家に対してのビデオインタビューがあった。それは作品の内容に対することだけでなく、使っている機材、壁紙や床面の素材や色など細かな事を遠い将来にも再現できるように作家の希望する品質のニュアンスを作家の肉声として残すのだ。私もテクニカルの担当としてインタビューに答えた。
未来に残す作品として、作家の意向をできるかぎり反映して展示するという基本的な事に対する努力を惜しまない姿に感銘を受けた。