Director's chair

by Yasushi Kishimoto



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◆束芋 in 原美術館 2006.6.4
  インスタレーションの新作3点を含む束芋の個展が3日から原美術館で始まった。
出品作品の技術的なテストを繰り返しながら、作品の完成状態を想像してやってきたわけだが、予想を超えるインスタレーションが仕上がった。初日の記者会見も人で溢れ、オープニングも大盛況で、中には作品をすべて見られずに帰られた方もおられた。3ヶ月の会期でありながら初日も多くの来館者があった。すべて予想を上回っている。

展覧会はあまり人が来ていない時を狙ってご覧いただくことを強くおすすめする。
ポスターにもなっている「真夜中の海」は、階段の途中の小部屋から見下げるような俯瞰の作品で、同時に4、5人でしか観ることができないので、オープニングの時には順番待ちの列ができていた。3面のワイドスクリーンで見せる今回の中では最大の「公衆便女」も良いポジションはせいぜい10人程度のスペースである。また、ギニョラマという作品はスクリーンが屋外のために日中はプロジェクションしているものの、ほとんど見えないので是非水曜日の夜間開館の時にも訪れていただきたい。学生の時に制作したデビュー作「日本の台所」や、人気の高い「hanabi-ra」、そのほかドローイングやアニメーションの原画、これまでの活動資料などが満載されているため一通りさっと鑑賞しても一時間以上必要だ。

展覧会の完成度は作家の力量も当然ではあるが、やはり美術館の総合的な協力体制がこの結果を導いたと思う。私はオープンの1週間前から原美術館で機材設置をサポートした。その中で再び強く感じたのは、この美術館には美術に対する愛が溢れているということだ。「生きた美術館」なのである。

眼下に現れる「真夜中の海」
(記録映像からの静止画)
ちょっと写真で雰囲気伝えるのが難しい。インスタレーションで是非ご覧頂きたい。
◆24th FIFA 2006.4.26
  ちょっと遅ればせながら、モントリオールのレポート。
3月の話したが、もう24回目になってしまった、モントリオール国際芸術映画祭(International film on art)に参加して来た。初めて参加したのが97年だったので、丁度10年目になる。 映画祭は成長し、芸術のジャンルの映画祭としては世界最大のものになっている。
 京都からモントリオールは行き21時間、帰り23時間と、ほぼ丸2日を使ってしまうので、映画祭は11日間とちょっと長いが行くなら全日程と決めて、なるべく2年に1度は足を運ぶようにしている。時間を確保するべく、やりくりをしながら出かけるために、直前になっても今年は諦めようかなぁなどと考えてしまうのだが、現地についてオープニングに出かけるとそんな事も忘れてしまう。そして、面白い作品や新しい友人に出会うことで「やっぱり来なくては」と毎回思うのだ。
 しかし、今年も日本からは私ひとりで、そういう意味では寂しい。ヨーロッパ組はフランス、イギリス、ドイツを中心に、今回はフィンランドやイタリアからも多くの監督、プロデューサーが来ていた。アメリカからは美術館のキュレーターや雑誌記者も来ている。他の国からはチームで来ているのに、私だけ1人なのだ。オリンピックの開会式で旗手だけの行進をしている選手の気持ちがよくわかる。日本からは美術関係者も来ていないという勿体ない状況は変っていない・・・。
 遅ればせながらと思いつつ、書いておかないとこの現状は私しか知らないのだ・・・。
 来年はエントリーする作品を作っていないので、是非誰かに行ってみてほしい。
 こちらで、スナップ写真が公開されているので、雰囲気が少しは伝わるかも。
 MORIMURA Chapter2は現在順調に制作中。コテコテのアーカイブス。


モントリオール美術館でのオープニング
いつもこのパーティーに出るとやっぱり来て良かったと思う。今年もモントリオールは暖かだった。
クレイマスターのドキュメンタリーもDV8の新作も、この映画祭が無かったら日本での発売はなかったかも知れない。
◆映画館と活弁 2006.2.25
 今度はもう冬も終わろうとしている。またまたご無沙汰してしまった。
2月の最初の週に「京都アートトキュメンタリーウィーク」という上映会を京都シネマで1週間、連夜ゲストを招いて行なった。詳細はこちら
 私は毎晩参上して、しかも毎晩打上げというトライアスロンの様な日々でかなり疲れたが、お客様からは、とても楽しめたという感想を数多くいただいた。また参加して下さった作家は皆、映画館の可能性のようなものを自作を上映して感じてもらえたように思う。
 毎晩、なるべくゲストの趣に合わせていろいろとネタを考えたのだが、中でも森村さんが自身の展覧会のアーカイブ映像を見ながら語るというのが好評だった。アンケート調査によると私の作った「MORIMURA Chapter1」よりも人気があった模様である。「MORIMURA Chapter1」は、イントロダクションのようなものとして、美術家・森村の活動の多様性を言語を廃して見せるのが1つのコンセプトなのだが、これが森村初心者の方には、意味不明な場面の連続に見えたらしい。逆に、長年の森村ファンの中には、私の想像以上に深く読みとって見てくださる方もいて、楽しんていただけたようだった。
 このライブトークは、2つの展覧会の記録(美術館の入り口から最後まで)を見ながら、私がいろいろと質問をして「兼高かおる世界の旅」風に話してもらうことを考えていたのだが、森村さんは「そんなことしてたら、映像がどんどん先に進んでしまうし・・・」と無声映画の弁士のごとく、展覧会を回顧しながら一人でビッシリと語っていただいた。
「活弁は難しいですよ・・」とか「岸本くんにだまされた」とか言いながら、また来月、同じようなことを兵庫県美の上映会でもやっていただく。今度は、また別の美術館で開催された展覧会にご案内することになる。両方とも見られなかった・・・という方もご安心いただきたい。実はこのアーカイブこそ「MORIMURA Chapter 2」なのだ。DVDの副音声で森村泰昌の声を選んでいただければ、今回収録した声がライブ感そのままにお聞きいただける。「これこそ美術アーカイブ」というものになればと思う。






上映後のトークで
画面左上で右手を上げて話をしているのが森村泰昌氏
京都シネマにて

◆束芋の新作と無料貸自転車 2005.8.30
 もう夏も終わろうとしている。またまたご無沙汰してしまった。
 一昨年から束芋の技術サポートをするようになって、ようやく新作の「ギニョル」の発表にこぎ着けた。デンマークのオーフス(Aarhus)にある美術館 ARoS Aarhus Kunstmuseumで26日から始まった展覧会で初公開となった。www.aros.dk

 束芋のこれまでの作品でも多用しているマルチスクリーンをさらに進化させた直径5mの円筒型のスクリーンにイメージを投影させた作品。6台のプロジェクターを使い、半透明のスクリーンに投影するため、イメージは外側からでも内側からでも見ることが出来る。特に内側に入って座り込むと頭上に束芋の宇宙が広がる。設置は大変だができ上がると楽しく眺められるインスタレーションだ。
 この展覧会には、他にエルンスト・ネトやグレイソン・ペリー、ピピロッティー・リストなど個性的な作家も名を連ねている。会期は12月30日まで。ピピロッティーは残念ながらオープニングには来ていなかった。
 国内でも「キリンアートプロジェクト2005」の展覧会で9月30日から東京、10月29日から大阪でギニョルを展示予定。くわしくはキリンビールのホームページ

 さて、このオーフスという町、人口22万人でありながら都会的な感じも漂わす大人の街だ。デンマークは日本に比べても物価が高い。でも無料のものもあった。貸自転車だ。市内のいたるところに8台ほど止められる自転車置き場があり、20クローネ硬貨1枚(約400円)を鍵の刺さっているところに入れればロックが解除される。あとは、行きたいところまで好きなだけ走って、最寄りの置き場で鍵を差し込めば、硬貨が返却されるしくみだ。市販の自転車に比べると少し重く、堅牢につくられている様だが走ってみると悪くなく、旅行者にとってはありがたい。自転車置き場の地図も付いていてる。自転車の専用レーンがあるので、それをどちらに向いて走るのかを少し戸惑うが、慣れれば良い足だ。違法駐輪の多い京都でもこんなサービスがあればと思うがどうだろうか。

 日帰りでスクックホルムへ打合せへ行ったときに帰りに乗った英国航空の18人乗り国際線旅客機。機内に持ち込める荷物は貴重品だけという狭さ。手荷物もタラップのところで預けさされて、翼の下に押し込められる。どうにかビデオカメラは中に持って入った。でもとてもラブリーでかわいい。古きよき時代を彷彿させられたひととき。
束芋の新作 ginyo-ru
360度全周にイメージがうごめく

無料の貸自転車
硬貨を入れると鍵がぬける
自転車置き場の地図も
付いていてる。


◆この差は何だろう。2005.2.19
 1月に入ってずつと寒かったのに、このところ京都は少し暖かだ。またご無沙汰してしまった。
 1月の最後の土日を使って、山の稜線で泊った。残念ながら星空は無く、夜半から冬型が強まり、風の音が強くなる中で聞いた天気予報は「明日は大荒れになるでしょう」という早起きを強いられるものだった。夜が明ける前に起きて、朝食を済まし明るくなったら直ぐに行動できる体制をとった。予報は的中し、みごとに吹雪いている。ますます強くなるという予想のもとにスノーシューで下山を始めた。降り出した雪は前日のはっきりしたトレースを見事に消し去っていて、コースを地形から判断しなければならない状態になっていた。しかし、その地形も吹雪とガスのため視界がきかず、前方の山の地形もはっきりとしない。時代の武器GPSに頼っていたが、頼りすぎていたのかもしれない。GPSの誤差と進行スピードの関係からの方向のずれ、そんな事も影響していたと思う。
 スノーシューの下りは普通の徒歩よりも速く、またたく間に高度を下げる。案の定、違う谷に下って来ていた。しかも今までに見た事の無い地形が広がっていたのだ。これはまずいと思い引き返すことにしたが、降りてきた斜面を見上げると愕然となる。降りしきる横殴りの雪を顔に受けながら、安易に下った自分への戒めの代償の過酷さを噛みしめて、地図とコンパスという基本的な道具によって何とか無事に正しいルートへ復帰した。
 ここまで来れば安心だと思った頃、雪も弱まり視界も開けてきた。まるで神が見ていたのかのごとく。
 さて、今日は京都シネマへ「with 若き女性美術作家の生涯」を見に行った。(実は初めて映画を見るために京都シネマへ行った。)テレビ番組として作られたものを上映用にリメイクされた作品だったが、大変考えさされる内容だった。現代において忘れかけているもの、必要なことをあらためて教えられる、そんな作品だった。主人公の佐野由美さんがもしも事故に合わなければ、美術界で働く者として、どこかで一緒に仕事をすることがあったかも知れないし、会いたかったと思った。
 彼女には彼女の残した本と映像でしか会えないが、それらが今後多くの人の糧となる事は間違いない。日本では振込め詐欺などの最低最悪の事件が多発して益々さつばつとした時代の気分のする中、この差は一体何だろうと思う。
 「with 若き女性美術作家の生涯」は京都シネマでで3月4日まで。毎朝10時から1時間の上映。

この日は嵐の前の静けさか・・
ピーク手前に雪庇が見える

◆随分ご無沙汰でした。2004.12.3
 12月4日は「京都シネマ」のオープン。朝日シネマがなくなってから京都にミニシアターの存続を望まれた方が大変多かった様だ。開館以前に設けられた賛助会員的意味合いのプレミアム会員の申込が1200人を超えていた事が物語る。見るチャンスの少ない作品を良質の空間へ出かけて見たいという大勢の願望の結晶だと思う。劇場の支配人、横地さんはこう語る。「売店の人と映画について語れる映画館を目指す。」何ともフレンドリーで、忘れかけていた古きよき時代の雰囲気を今に再現できる可能性を感じる。1937年に建設されたビルは、内装を現代的な美しい空間に置き換えたが、映画館としては古いオフィースビルのため天井高がなく、おまけに中空の防音対策を施しているため、お世辞にも素晴らしいとは言えないが、逆にその空間でのスクリーンとの距離感は他にはない独特な味付けを与えてくれる筈だ。早速出かけてみよう。
 さて、山歩きの方も熱がさめず、最近はビデオカメラを持って登るようになった。山の雑誌を見ていると美しい写真が数多く紹介されているが、やはりそれは静止している。本来山は動いているのだ。それが撮りたくなって、試練の日々となりだした。先週、奈良の八経ヶ岳へ行った。天気予報では降水確率0だったが、山の上は曇っており、おまけに風が強く、なんと樹氷が出来ていた。空気中の水分と風が作ったインスタレーションは、ほんとに限られた時間、限られた場所にしか出来ない作品だ。もうこれは自然が作る美術だとも言える。音も何となく静かで、どこか違う世界に引き込まれる様な危うさを求めて、また登ってしまうのだ。
 この辺でちょっ現代美術の話も書いておかないと、仕事をしていない様に思われるので触れておこう。少し古い話だが、10月に金沢21世紀美術館がオープンしたので、開館の翌々日に行った。ま、この時も金沢行くならやっぱり山と、ロケハンと称して先に白山に行ってしまった。美術館は、丁度連休明けにも関わらず、沢山の来館者があり少々驚いた。立地が観光地として有名な兼六園のすぐ隣ということもあり、ガラス張りの外壁の内側に見え隠れする現代美術作品を見る人たちを外から見ると、せっかくだからここも見ておこうとなるのは、コンセプトかどうか知らないが素晴らしい好循環に違いない。一般的には仕切りの高い現代美術という門戸をオープンにした建物の光熱費はいざ知らず、文化の創造と普及には一役買っている。さらに、私が一番感激したのは数多く配置されたボランティアスタッフの人たちが、熱心に担当の作品について語って下さった事。「実は私は素人なのですがね、この作品は・・・」とご年配の男性は、観光がてらに来られた人に親しみげに話をされていた。話は作品のことだけでなく、地元の事や、「この辺でお昼を食べるとしたらどのあたりへ行けばよいのでしょう・・・」と会話も弾む。これはちょっと都会では真似しにくいんじゃないだろか。
 美術館の離れには工房があって、現在はヤノベケンジの滞在制作が行われている。私の知った面々もせっせと働いていた。中でもヤノベケンジのドキュメンタリーを発表するすると言い続け、いつもその場を繕う様な映像を発表してしまっていた青木ケンジが本格的に作業に入っていた。12月19日にも同美術館のレクチャーホールで上映会があるらしい。今回も期待できるかどうかは分らないが、毎回少しずつは良くなって来ているので、見せながら作るというのが彼の戦法なのかも知れない。長い滞在になり資金(手持ちのお金)も底を突いてきているという連絡があったので、金沢近辺にお住まいで、彼の作品に興味のある方は是非食べ物の差し入れや、上映会の後で感想を述べながら、頑張って下さいなどとやさしく微笑む(女性に限る)などしていただければ、来年は完成された作品として日の目を見るかも知れない。何とアートドキュメンタリーの制作とは苦難なのか・・・。苦難を味わってなんぼのところが、登山と似ている。
 こんなところで、次回は新年のご挨拶と行きたい。皆さまそれまでお元気で。

オープンした京都シネマのロゴ


奈良・明星ヶ岳付近
原生林のコケにも樹氷が付いて、冬が始まる。

白山から別山への途中で


◆残暑お見舞い申し上げます。2004.8.23

今年の夏はとても暑い、夏らしい夏かも知れません。カミナリの鳴る夕立にも何回も遭いました。
でも、クーラーの温度さらに下げている人類は滅亡に向かって突き進んでいるのかも知れません。何故こんになに暑いのにスーツを着ている人がいるのか。着なければならないのか。誰もが疑問に感じている事なのに、世間体とか慣習といものは恐ろしいものです。何か極端な崩壊でも起こらない限り状況は変わらないのでしょうか。

さて、この秋の発売の作品ですが、以前ここでも触れました「麓に住む 中川佳宣1995-2004」は、10月の発売になりました。本編とは別に5つの展覧会の全ての作品が視聴できるアーカブ映像も収録しています。バックグランドには、比良山系の神爾の谷や正面谷の山の音を採用しています。この音の収録には苦労しました。耳で直に聞く音とマイクを通したものでは、音質や聞こえてくる音にかなり差があって、なかなか思った通りのイメージになりません。遠くから聞こえる飛行機などの雑音、夏場には琵琶湖からパワーボートの音が邪魔をしてピュアな音の収録はなかなかうまく行きませんでした。勿論、中川佳宣の作品のこの10年と彼の制作スタイルを感じていただける内容になっています。

同じく10月に発売します「The Body as Matrix 〜マトリクスとしての身体〜マシュー・バーニー:クレマスター サイクル」はUfer!として初めての輸入作品です。昨年のモントリオールで出会った作品です。映画祭の若手スタッフ主催の飲み会でたまたま監督のマリアと話をする機会がありました。その時に日本での公開の予定が無い事などを聞き、どこか配給してくれるところはないものかと思っていました。ユーロスペースもアートドキュメンタリーから遠ざかってしまいましたし、結局自分のところでやってみようということになりました。内容的には非常に真面目にクレマスター・フィルムサイクルと向き合ったドキュメンタリーと言えます。マリアのインタビューに答えるマシュー自身も少しの笑みも浮かべず淡々と話をしていて、そこから読み取れる事も多いのではないかと思います。プロジェクトに関わった人たちのエピソードなどから、マシューにとってクレマスター・サイクルが何であったのかが少し見えてくるのではないかと思います。クレマスター・サイクルをご覧になった方は勿論、見逃された方も、その作品をまた違った視点で知る手がかりになると思います。
卒論は河原温さんについて書いたという監督のマリアは、ゲーリー・ヒルなどの美術作家をテーマにしたドキュメンタリーを制作しています。制作したWDRのプロデューサーのラインハート氏は大手放送局のプロデューサーとは思えないような作品の嗜好で、一般的な作品には興味が無いという、なかなか頼もしい存在です。そう言えば、テレビ番組として作られたこのバーニーのドキュメンタリーにも解説やナレーションは入っていません。日本のテレビ番組にも、そういうスタンスがそろそろ必要ではないかと思います。画面を見れば分ることにナレーションを入れたり、発言を聞いているのに同一言語の字幕が入るのはどうも間抜けです。


「麓に住む」にも登場する比良山の隠れ滝
真夏でも自然の冷気が漂う


モントリオールで舞台挨拶を
する監督のマリア
◆「麓に住む」 2004.6.9

 中川佳宣のアトリエと住まいは、比良山系の麓にあります。
私が初めて作ったアートドキュメンタリー「中川佳宣 1984-1994」から早くも10年。2作目を作る事になりました。そしてそのタイトルが「麓に住む」です。大阪から移り住んだ中川は、その環境で自己の制作について何らかの確信を得た様です。今回はそんな断片をご覧戴けるものになっています。勿論、比良の山も登場します。
 そんな訳で、何回か比良に登りました。右写真は先週の土曜日に行った比良スキー場跡地です。新緑の美しさ、水と空気の清々しさはを写真でお伝えするのは難しいですが、御興味のある方は「山歩き記録」をご覧下さい。
「麓に住む 中川佳宣1995-2004」は8月頃の発売予定です。
◆比良山ありがとう。 2004.3.27

やはり今年度限りで、比良索道(さくどう)は廃止されることになりました。31日であの八雲ヶ原にも気軽に行けなくなると思い、箱館山へスキーの予定でしたが、急遽山歩きに予定を変更して行って参りました。
朝8時半に麓に到着すると、やはり最後に登っておきたいと思われて来られた方々がたくさん来られていました。でも、少し驚いたのは圧倒的に年配の方が多く、それも60代以上の方が最も多かったのではないかと思います。
古き良き時代を心の中に焼き付けておきたいという気持ちと、これでまた一つの時代が終わるのだなという複雑な気持ちで皆さん登られていたのだと思います。
帰りがけに、山頂駅でフォークコンサートがありました。存続運動をされていた地元の人の主催でヨシ笛とギターのコンサートでした。
私たちが比良ロッジの前あたりを歩いていたとき、「思い出の赤いヤッケ」が聞こえて来ました。
私が今日行きたくなったのは、多分この山に特別な思いがあるからだと思います。初めてスキーを揃えて滑れるようになったのも確かこのスキー場でした。小学校の時、八雲ゲレンデのリフト回数券は三角形で糸で首からつり下げるようなもので、確か6回で150円でした。まだリフトが1基だけで、武奈ヶ岳方面のコースは、確かユーエンコースと呼ばれていて、一日に何本かだけ歩いて登って滑っていました。中学時代友人十数人でスキーに来た事、夏に学校から泊まりがけで来た事、高校時代にスキー同好会の練習で来た事、冬山登山の怖さを少し体験したのもここでした。でも多分、今日来られていた人たちには皆特別な思いがあったのだと思います。
十代の人のスキー離れ、山離れが顕著だと言われています。これはあまり良い傾向では無いように思うのは私だけでは無いと思うのですが、如何でしょうか。
ここら辺で趣味の一つに山歩きを加えてみようかなと思っています。そう考えさせてくれた比良山はやはり今回もまた偉大でした。
本当にありがとう。
◆寒中お見舞い。 2004.2.5

苦戦していることがあります。
線画のアニメーションをNTSCに出力するのですが、動きに対してどうしてもインターレースの問題があって繊細な映像になりません。この問題は当たり前なのですが、やはり美しく仕上げたい。
様々なテストを繰り返して、行き着きそうになっているのがAfterEffectとcine motionを使ってのインターレース対策。果してこれが一番良いのもかどうかの結論が出ないので、日々実験です。これはどうかという方法がありましたら是非ご連絡ください。

◆あけましておめでとうございます。 2004.1.1

先日、滋賀県の比良山スキー場へ20年ぶりに出かけてスキーをしました。
昨年秋に存続が危ぶまれているという報道がありましたが継続されるそうです。
ふもとからリフトとロープウェイを乗継ぎさらにスキー場まで少し歩いて到着するというアクセスが時代と合わなくなったのと裏腹に残された環境は、とても懐かしく、少し忘れていたものを思い出させてくれる様な気分にさせる場所でした。そういう意味で本当のリゾートになったのかも知れません。

私は中学、高校時代に友人達とよくこのスキー場へ行きました。中学時代友人と帰りのバスを待っていて知らないおじさんに湖西線の駅まで車に乗せてもらったこともあります。古き良き時代でした。でもまだこのスキー場はそんな古きよき時代の雰囲気を残していました。ヒュッテと呼ばれているレストハウスのメニューにはその昔からある「比良汁」という豚汁が継続されていました。昔はかす汁でしたが、今はみそ味になっています。なかなか具だくさんで暖まります。
ゲレンデの係員の人たちもフレンドリーで暖かみと親しみを感じる場所として、昔と変わっていない事に少し感激しました。時代にとり残されてしまったのかも知れませんが、今私たちが求めているリゾートがそこにあるような気がしました。
心のリゾートとしてまた行ってみたいと思っています。
今年もどうぞ宜しく御願い致します。


パノラマコースの頂上、コヤマノ岳から琵琶湖。
12月28日の日曜日はリフト待ち 0分。コースには人影が無いときも。ちょっとスイスのスキー場のようだ。
芸術の秋・・・なんでしょうか。 2003.11.21
今、話題のお話を2つ。
まず、芦屋市立美術博物館が存続の危機に立たされています。芦屋市では、2006年3月までに芦屋市立美術博物館の民間委託を模索、委託先が見つからない場合は売却、あるいは休館を計画しているとのこと。今後、市議会で審議されてゆくとは思いますが、あまりにショッキングな話題です。
「具体」の研究とアーカイブで世界的に知られた小さな美術館は、やはり個性的な学芸員のチームワークと努力によって形成されてきた一つの「作品」とも言えるものだった、と過去形で語られる日が来て気づいてもそれは遅すぎます。
 「芦屋市立美術博物館の民間委託・売却・休館に反対します」という趣旨でインターネットによる署名運動を立ち上げられたメンバーがおられます。
 署名運動のサイト http://www.petitiononline.com/ashiya/petition.html
 80年代以降日本各地に多くの美術館が誕生した訳ですが、私たちの求める美術館はますます遠い世界の話になって行くのかと感じるこの頃です。

2番目の話題。
「ワラッテイイトモ」という映像作品が今話題になってしまっています。この映像作品、題名もそうですが、内容もテレビ等をコピーして引用または改編して作った部分が多く、著作権法に觝触する可能性があるということで、キリンコンテンポラリーアワードの大賞を取り下げ審査員の特別賞を与えたということが話題の引き金になっており、またオリジナルは著作権の関係上、キリンの受賞者記念展では公開できないとなったもんで、「本物見たさ」が話題に輪をかけて広がってしまったようです。
 まだ賞が決定していない頃に、朝日新聞で著作権を巡る問題として大きく扱われたことも噂を膨らせてしまった原因になった様です。
 15日に京都でオリジナル版の公開(厳密には違法行為だと思いますが、私も入場料を払いましたので共犯?)がありましたので、本物見たさに忙しい中、見に行って来ました。
 一言で言いますと、がっかりした、とか、つらなかった。というのが私の感想です。
 上映の後に制作者のK.K.さんと五十嵐太郎さん(建築評論家)のトークがありました。興味深かったのは、会場から出た質問に「制作の動機は?」というものがありました。動機そのものは、はっきりしない様でしたが、「サンプリングして映像加工する事自体が楽しいから」ということでした。また、「何が伝えたかったか分からなかった」という感想には次のような話でした。「特に伝えたいものとか、訴えたいものがあったわけではなく、そういうことを考えずに作った。賞金は欲しかったけれど、自分でも賞をもらえるとは思っていませんでしたし、こんなふうに公開することも考えてなかった。」
 以上のようなことを聞いて私は少し納得しましたが、著作権以前の問題もあるのではないかと感じました。

みかん1袋100円、柿1個50円など、
くだもの、やさいも激安です。
最後にもうひとつ。秋らしい話題。
 束芋のドキュメンタリーoimoの冒頭と最後に出てくる御芋屋さん、元気に焼いておられます。場所は寺町通りと二条通りの交差点の北東のところです。寺町通りに面しています。これから美味しい季節で、観光客の方も並んで買われたりしています。このお店でのルールは、自分で芋を選んではいけません。おじさんが決めます。それから、おじさんは紙袋に入れるところまでです。保温したければ、新聞紙をくれますので自分で包みましょう。ガラスケースの上にあります。またポリ袋のほしい人はリサイクルの袋が入った右手のダンボール箱には入っていますので、適当な大きさのものをもらって下さい。100グラム80円の焼き芋は、5つで900円くらいです。おじさんは耳が少し遠くなられてますので、大きい声ではっきりとお話ししてください。 
 ではまた。
◆そして秋 2003.10.31
 先々週は、六本木の森美術館がオープンしました。たくさんの作品群に圧倒されそうなくらいの展覧会です。それぞれの作品は小さめですが、あれだけあれば、お好みの現代美術を見つけることもできるのではないかと思いました。なんとなく観光で展望台に上がった人が現代美術にはまってしまう・・・というようなことがどのくらい起こるのか楽しみな場所です。私は今回の宮島さんの窓と、クー・ジュンガさんのガムのインスタレーションが印象に残りました。(意表を突いた浮世絵もなかなか良かったです。)
 私はオープン祝賀晩餐会の中で披露された森村泰昌率いるパフォーマンスの舞台の撮影でお邪魔していました。その中で森村さんは普通の人に変身していました。ビルの管理会社の作業服で舞台の上を森村さんが掃除し始めるという舞台のスタートは、ブラックタイのパーティーとの絶妙なコントラストを放っていました。



 少し前の話ですが、岡部あおみさんが本を出されました。
 岡部さんの本で最も印象深いのは、やはり日本で唯一アートドキュメンタリーについて書かれた『ア−ト・シ−ド/ポンピドゥ・センタ−美術映像ネットワ−ク』(1993年、リブロポ−ト)ですが、今回の「アートと女性と映像」も作家へのインタビューが多く私はとても楽しめました。
 作品について興味を持って接することのできる作家の生の声が、岡部さんの少し突っ込んだ質問によって引き出されていることと、その作家たちの生活する世界各地の概況が芸術の場を通して書かれていて興味深いところでした。エイヤ=リーサ・アハティラ、ソフィー・カル、ピピロッティ、森万里子、束芋、やなぎみわなど、計15人と2組の作家についての書かれた第一章に加えて、ニキ・ド・サンファル、草間彌生、オノ・ヨーコを映像の先駆者として検証する第二章では、映像インスタレーションとマルチカネチャリズムと題して90年代に現れた女性作家の活躍という視点から現在を検証されています。
  岡部あおみ「アートと女性と映像 グローカル・ウーマン」
  彩樹社 2000円税別(←芸術系の本としては安いのではないでしょうか・・。)

Ken作
直径約60cm
(本文とは無関係です。)

「アートと女性と映像
グローカル・ウーマン」

◆ああ夏休み 2003.8.3、8.6写真追加
 
このページも随分更新しないままになっていて失礼しました。モントリオールで編集を始めた「oimo」を帰ってから仕上げて、英語と仏語の字幕を付けてDVDにするまで思いの外時間がかかりました。特に字幕は当初英語だけを考えていましたが、湯山がマルセイユの仕事を終えて次のアヴィニヨンの仕事まで時間があるとのことで、仏語も制作することになりました。束芋の発言はそれほど長くないのですが、言い回しのニュアンスがとても難しい部分があって、それを検討するのに予想外の時間がかかりました。しかし、やっとの事で無事完成。束芋の展覧会のための一時帰国に合わせて発売に漕ぎ着けました。

 束芋の展覧会は大阪キリンプラザで始まり、群馬のハラミュージアム・アーク、東京のギャラリー小柳など、質量ともに盛りだくさんでした。先々週私はハラミュージアム・アークに伺い、制作風景などを収録して来ました。牧場の端に位置するこの美術館は、作品をゆっくりと眺めるのにはとっても良い所です。
束芋の展覧は、旧作の台所と御内、そしてドローイングと壁に直接文字を書いた「夢違え」と題されたインスタレーションです。夢違えは実際に束芋の見た夢を起きた時に書き留めておいたメモから作った物語をドローイングにしています。今回はそのドローイングと絡む形で、左手で書かれた反転された文字で物語を形成しています。鑑賞者はその少し読みにくい文字列とドローイングからちょっと変わった世界観を味わうことになります。

オープニング。左手は原館長。
このあと束芋のギャラリートークがありました。


現場で壁に文字を書き入れる束芋。左手で裏返した文字によって夢で見た物語を書いています。実に時間のかかる仕事でした。
 よくよく見ると実在の人物も登場していたり、あたかもありそうなことが展開していたりして、彼女の頭の中の断片を見られるような面白さもあります。この展覧会は10月26日までですが、「御内」のインスタレーションはハラミュージアム・アークの収蔵作品になりましたので、こから約1年間続けて展示される予定です。
 7月末を持ってインターネット・ミュージアム・オブ・アートhttp://www.so-net.ne.jp/ima/が閉館になりました。ちょっと残念な気がしますが、やはりインターネットは無料のものという意識が高いのか、クレジットカード決済の問題なのか、どちらにしても時期が早すぎたのかも知れません。アート・ドキュメンタリーもメディアこそ違いますが、似たような境遇で、興味を持つ人は多いけれど、お金を出して見てくださる人は少ないと言う部分で非常に似ています。
 一昨日、京都では最終日だったスパイゾルゲに行って来ました。映画の日で1000円であり、最終上映にもかかわらず好きなところに座ることが出来ました。ちょっと驚きです。そしてもっと驚いたのはラストクレジットの最後の方に、日本文化振興基金の助成を受けられているマークが出ていました。あの規模のあの内容の映画ですら助成金を受けずして作るのは難しいのかと思い複雑な気持ちでした。篠田さんが監督を辞められる理由の1つにそういう状況も大きく影響しているのではないかと思いました。
 さて、すでにお気づきの方もおられるかも知れませんが、ufer!のトップページにアソシエイツというコーナーが出来ています。先日、湯山ななえの初監督作品「
VILLA KUJOYAMA 2000年3月-7」を追加しました。私のまわりで少しずつ始まっています制作への取り組みの成果をここでご紹介できればと考えています。今後もいくつか追加の予定です。ご期待下さい。
 のんびりと夏休みを過ごせば良いのでしょうが、最近自社サーバーを立ち上げるべくネットワークなどの勉強を始めました。とぎれとぎれになるので進んでは戻ってと、なかなか前進しないのですが、何とか秋ごろには稼働させたいと思っています。OSX10.2で構築しています。時間のあるときにお手伝いやアドバイスできますよという方がおられれば是非ご連絡下さい。
 それでは良い夏休みを。

アークのカフェ特製、展覧会期間限定のケーキセット。豆腐のように見える国旗をあしらったレアチーズケーキはブルーベリーソース。牛乳をふんだんに使ったミルキーな逸品。クッキーは束芋のアニメにレギュラーのおばさん。障子の部分は柔らかいワッフル調。絶品です。それにしてもおばさんクッキーはそのものです。(涙)
◆モントリオール国際芸術映画祭 2003.3.15
モントリオールに来て3日目、やっと時差ぼけが無くなってきたような・・・。
 写真は13日のMUSウ DES BEAUX-ARTSでのオープニングの上映の後のパーティーでの一コマ。
 パーティーの会場に入ってゆくと神秘的な音楽とダンスが始まった。ヒューマンステップスを思わす面々が時間とともに次々と現れ、日付が変わる頃までパフォーマンスは続きました。こんな時間まで美術館で素敵なパーティーができるなんて、やっぱりちょっと羨ましいですね。
私はダンスには詳しくありませんが、とてもシビレル内容で、それをさらに至近距離でワインをいただきながら・・・ということで、アラン・フレッシャーのオープニングのロダンの作品は前座だったのかな・・・と思うくらい、その機敏で洗練された動きにちょっとやられてしまいました。

 今年のモントリオールはやはり寒く連日昼間もマイナスが続いています。映画祭の方は年々量としつを増して、今年は12日間とこれまででいちばん長い日程を、より多くの映画館を使って行われていますので、見たい作品をハシゴするのもなかなか大変です。昨日は夕食の後10時半のマッシュ・バーニーのドキュメンタリー上映に出かけたら、なんと満席で入れてもらえませんでした。

 今回の映画祭のレポートは、大阪remoの上映会の初日(4月10日)のトークで詳しくお伝えしたいと思っていますので、どうぞお出かけください。
◆ 束芋の新作 2002.12.6
 
さて、ソネットのインターネット美術館で束芋の展覧会が始まりました。
私はまだ無料サンプルしか見ていませんが、先日、ベルギーで発表していたインスタレーションのweb版です。
http://www.so-net.ne.jp/ima/
ところで、束芋はこの10月から京都造形芸大の教授になったそうです。年功序列を変えるのは芸術からという事になれば良いのですが・・・。

◆ 束芋の新作 2002.10.8
 ブリュッセルで開かれているForwArtは14人の作家と4人のキュレーター、9人の美術評論家で構成された現代美術の展覧会で、
大手銀行のBBLが主催している。束芋はこの展覧会の1作家として選ばれた。
 今回の作品は
「にっぽんの御内」と題され、インタラクティブなインスタレーションだ。
 これまでのマルチ画面のものに比較するとそのテイストは似たものがあるが、見る側が操作をして自分の進みたい方向を決め、
興味のあるものをクリックすると、その物に関連したアニメーションが現れるという仕組み。
 コンピューターのソフトウエアはso-netの支援を受けて制作された。
 
 現在ROYAL MUSEUMS OF FINE ARTS OF BELGIUMで開催中。

ボケと突っ込みのマルセイユ
 アテネ、ナポリにも共通する、もしくはそれ以上のノリのあるマルセイユ。
 縁があってマルセイユ市の現代美術館で働くことになった湯山ななえの仕事ぶりを見ようと、ベルギーの帰りに3日間だけ立ち寄った。
 ブリッュセルでは雨の日が多く、そろそろ冬の気配だったが、南に飛ぶに連れて青空が広がって、降り立つとそこは、まだ夏を感じる日差しがあった。
 空港からは、ナベットという市内の中央駅とを直結しているバスで向かい、駅から旧港まではタクシーに乗った。映画「タクシー」の舞台がこの町であることが、そのタクシーのえぐれたボディーから理解できた。ナポリのタクシーも激しいが、こちらもなかなか引けを取らない。ただ、ナポリより良いのは、いちいち価格交渉をしなくても良いところだ。ホテルは旧港の西側に立つvieux portで、部屋の窓からは港が一望できる。
 まずは、湯山に電話をして、現代美術館へ向かった。繁華街からは少し離れたところに位置していて、バスに乗らないと行けないので、観光客にはあまり知られていないらしい。美術館は、こじんまりとした建物で現代的なシンプルな建物だが、屋根の形状が変わっているのと展示室が割と小さく区分けされているので、展覧には使いにくそうだった。館長をはじめ、様々なセクションの人の紹介を受けた。日本とは違って役職とは無関係の個人対個人の対等なつきあいが少しうらやましい。彼女も外国人であるからというアドバンテージは一切なしに仕事をしている。
 展覧会の方は主にヨーロッパの若手を紹介するグループ展だった。それぞれの作品の規模がそれほど大きくなかったので、少し物足りなさを感じた。

 美術館を後にして、夜はフランスの各地からの特産品などを展示する見本市に出かけた。
湯山がマルセイユに来た初日にルームメイトと飲みに行ったカフェで知りあった、サシャというおじさんの声かけで年齢層に幅のある人たちが待ち合わせの場所に来ていた。
 古く(2500年以上前)から港町だったマルセイユでは、カフェ文化が色濃く根強い。お互い自分は安全な人間であることの意思表示が生み出したのかもしれないが、みんな気さくに話しかける。日本で最近流行りのカフェとは、ちょと違う。私の短い滞在でもその人々のコミニュケーションとしての活気と、パスティスを堪能した。

 夜遅く湯山とルームメイトの住むアパートに寄った。とても立派なアパルトマンの借り主のメラニー嬢はドイツ人で、この街に1年前に来た。いろいろな街に移り住みながら人生を送るのが好きだという。私には無い考え方なのでとても魅力的に感じた。
 そして、最近もう一人のルームメイトに加わったタムタムは、タヒチ育ちというフランス人で現在デザインの仕事をしている。彼らはとても話好きで夜遅くまで、バニラ風味のラムを飲んだ。
 翌日はタムタムの運転で、海に行くことになった。市街から15分ほど走ると、もうそこには別世界のリゾートがあるのがマルセイユだ。私たちはカシスというカナル岬の入り江に行った。朝市で買った新鮮な食材でビクニックを楽しんだ。まさしく透き通る海と照りつける太陽。大都市の近くの海がこんなにも奇麗なのには、理由がある。奇麗な海を汚さないための様々な規制や人々の努力がこのリゾートを残して来た。もしも、大阪湾に透き通るリゾートがあれば、と思うと考えさせられる。人生を楽しむイロハを教えられるような街である。

 この日の夜は、街の中心であったお祭りに出かけた。ニューヨークで言うと昔のソーホーみたいなところで、あたこちコンサートをやっている。道行くと知った人と出会い、あいさつをして世間話をするのでなかなか目的地に着かない。昨晩は見本市でケバブだったので、この日はレストランで食べることにした。

 その後、また別の友達から、レゲィのコンサートに行かないかという誘いを受けたので、11時ころから車で繰り出すことになった。マルセイユ・オールスターズと題された倉庫街のステージでいくつものグループが同時にレゲィやスカを爆発的にやっていた。一緒に出かけたモームとアランの友人がこの日のトリで出演する前に現れ、マルセイユ流のギャグを連発してくれて、私もいくつか練習した。
 真面目な顔をしていて、急に目が合うと「ジャドール!(j'adore!!)」(愛してる)と両手でこぶしを振り上げて叫ぶのが、その日のお気に入りだった。この乗りにシラケているとマルセイユでは仲間外れだ。大阪に似ている。コケルところを間違えてはいけない・・・・。

 最期の日は、日曜日だったので一人で近くにある島にでかけた。イフ島とフリウル島だ。
旧港からわずか15分でイフ島に着く。イフ島は、監獄として使われていた跡が残されていて、小さい島だがいろいろ見て回ることかできる。その後、フリウル島へ行って、裏手のカナルに行って海を見ながら、何もしない時間を過ごした。夕方には旧港にもどって旧市街を散歩した。昔風、京都の路地のような密集した住宅街がある。

 夜はヴァロン・デゾフという小さな港にあるレストランで海の幸をいただくことにした。ここの海岸からは、イフ島などが見え、地中海に沈む夕日が美しい。さらに、このためにマルセイユに来たと言っても良いくらい貝もワインも美味だった。が、少し生ものをふんだんに食べ過ぎたかもしれない・・・。
 タムタムはパリへ仕事に行ってしまったので、湯山とメラニーの三人での晩餐で私の短い滞在(夏休み)は終った。


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